なぜIT企業では人間が壊れるのか?「私は部品のように扱われている」IT支援現場で心を病んだベテラン社員の告白【谷口友妃】
■「変わらなかった手順書」なぜ改善されなかったか
Sさんを苦しめたのは「変わらなかった手順書」だ。これは、なぜ改善されなかったのだろうか。
当時、Sさんの職場では、発注元の企業と作業を行うA社の間に、さらに1社、A社の親会社(以下B社)が挟まっている状態だった。現場からの改善要望は、A社の管理職がB社を通じて発注元に伝える流れだった。しかし、Sさんは現場の声が発注元に届いていないと感じていた。
その証拠に、B社の担当者が不在の日に発注元の担当者に直接質問すると、手順書の問題があっさり解決することがあった。
これは、B社の問題だ。B社にとってSさんは下請けにあたる子会社で働く人間。発注元企業と波風が立つことを恐れ、Sさんの意見を止めていたのだろう。多重構造の中で、末端の現場の意見を聞かない姿勢がSさんを追い詰めてしまった。
休職から1年が経つが、Sさんは現在も通院を続けている。職場で感じた挫折感や無力感がトラウマとなり、症状はなかなか改善しない。
薬の影響でハイになって買い物の衝動に駆られたり、わけもなく突然悲しくなったりする。外出の意欲が湧かない日々が続き、体重は1年で10キロ増えた。
「傷病手当は受け取っていますが、多くはありません。物価は高騰しているし、次の仕事の目途もたっていないです」
ときどき、出口がない闘病生活への不安で、いっぱいになるという。Sさんが、清々しい気持ちで朝を迎えられる日は、いつ訪れるのだろうか。
取材・文:谷口友妃