なぜIT企業では人間が壊れるのか?「私は部品のように扱われている」IT支援現場で心を病んだベテラン社員の告白【谷口友妃】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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なぜIT企業では人間が壊れるのか?「私は部品のように扱われている」IT支援現場で心を病んだベテラン社員の告白【谷口友妃】

■「変わらなかった手順書」なぜ改善されなかったか

 

▲Sさんを苦しめた手順書 (※写真はイメージです)

 

 Sさんを苦しめたのは「変わらなかった手順書」だ。これは、なぜ改善されなかったのだろうか。

 当時、Sさんの職場では、発注元の企業と作業を行うA社の間に、さらに1社、A社の親会社(以下B社)が挟まっている状態だった。現場からの改善要望は、A社の管理職がB社を通じて発注元に伝える流れだった。しかし、Sさんは現場の声が発注元に届いていないと感じていた。

 その証拠に、B社の担当者が不在の日に発注元の担当者に直接質問すると、手順書の問題があっさり解決することがあった。

 これは、B社の問題だ。B社にとってSさんは下請けにあたる子会社で働く人間。発注元企業と波風が立つことを恐れ、Sさんの意見を止めていたのだろう。多重構造の中で、末端の現場の意見を聞かない姿勢がSさんを追い詰めてしまった。

 休職から1年が経つが、Sさんは現在も通院を続けている。職場で感じた挫折感や無力感がトラウマとなり、症状はなかなか改善しない。

 薬の影響でハイになって買い物の衝動に駆られたり、わけもなく突然悲しくなったりする。外出の意欲が湧かない日々が続き、体重は1年で10キロ増えた。

「傷病手当は受け取っていますが、多くはありません。物価は高騰しているし、次の仕事の目途もたっていないです」

 ときどき、出口がない闘病生活への不安で、いっぱいになるという。Sさんが、清々しい気持ちで朝を迎えられる日は、いつ訪れるのだろうか。

取材・文:谷口友妃

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谷口 友妃

たにぐち ゆき

幼少期に父を亡くしシングルマザーの家庭で育つ。心臓病の母との生活で感じた社会の歪みや、働く意味を求めて天職探しをした経験などから「仕事と生きがい」、「幸せな社会のつくり方」などのテーマに関心を持つ。2014年から執筆業を始め、多様な業界で働く人を紹介する社内報の巻頭記事や医療情報の取材記事、介護問題を扱う著名人の連載インタビュー企画などを担当。過去に取材した人の数は2000人以上にのぼる。読売新聞オンライン、みんなの介護「賢人論。」などに記事を執筆。

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